- 原文
- Week in Review: November 10-16
- 著者
- Alex Shvartsman
- 訳者
- タイ屋
- 投稿日
- 2002-11-20
- 更新
- 2003-06-29
プロツアー・ヒューストンのまとめと、あなたの対戦相手にショックを撃つときについての手引き
ユア・ムーブ・ゲームス。 ユア・ムーブ・ゲームス。 ユア・ムーブ・ゲームス。あなたは早口で3回それを言うことができるだろうか? もしあなたがプロツアー・ヒューストンについて話したいのであれば、そうなくてはならない。
YMGは常にエクステンデッドで最大の能力を発揮するように思われていた。ジャスティン・ゲーリーはプロツアー・ローマでトップ8入りした。同じイベントで、ハンフリーズは惜しくもトップ8入りを逃した(最終順位9位)。ニューオーリンズでは、キャッスルとハンフリーズの二人がトップ8入りしたし、数名のチームメイトがトップ16に入った。
今回、ジャスティン・ゲーリーとロブ・ドーティーとダーウィン・キャッスルは14ラウンドに及ぶスイスラウンドの後で、トップの場所の3つにいた。そして、彼らはチームメイト以外のプレイヤーにはただの1ゲームも落とさずに、トップ8を守りきった。付け加えるならば、彼らはこの偉業を、3つの違ったデッキで成し遂げたのだ! それぞれのプレーヤーが、自らの強さを示した。
ジャスティン・ゲーリーは、昨シーズンのマスターズで彼に2位をもたらした《ドルイドの誓い/Oath of Druids》戦略を引き続き使った。ダーウィン・キャッスルは、実用的な黒緑を開発※して、このアーキタイプをプレイして成功した。彼のサイドボードには、《生ける屍/Living Death(TE)》のための場所さえ用意されていた。(※「実質的に開発した」かもしれません。遙か昔、エクソダスの出てない時期に緑の入ったLiving Deathデッキを作った話をふまえての)ロブ・ドーティーは、プロツアー・ニューオーリンズのために、Benzoデッキをデザインした。彼とデイブ・ハンフリーズは、そのデッキの現在のバージョンを明らかにして、このトーナメントでそれを使って成功した。
トーナメントの大半を通じて、キャッスルは先頭にいた。イベントの開始から、10−0を記録していたのだ。それでも依然としてキャッスルのトップ8が確定していたわけではなかったけれども、チームの戦友愛の真の発露として、彼は第11ラウンドで3ポイント(1敗)下にいたジャスティ・ゲーリーに当たったときに、マッチを譲った。このギャンブルは、ダーウィンにとっては、あやうく高価につきすぎるところだった。彼はつづく2ラウンドを落としたので、トップ8入りのためには最終ラウンドで勝たねばならなくなったのだ。――しかし彼はその決定的なマッチに勝った。キャッスルは、個人戦のプロツアーすべてに参加している唯一のプレイヤーなのだが、もしヒューストンでトップ32に入らなければ、グレイヴィ・トレインから落ちてしまうという危機にあった。彼はいまや、さらにいくつかのプロツアーの間は安泰となった。
関連した物語としては、プロツアーのベテラン、デイヴ・プライスもまた、この週末にトップ64入りを果たせなかったために、プロツアーからついに落ちてしまう危険にあった。プライスは土曜日の PTQ でプレーしたが、準決勝で負けてしまった。それから彼は日曜日にもう1つの PTQ でプレイして、それに勝った。彼はもう一つのプロツアーを確保して、依然として「予選の王(the king of the qualifiers)」であることを証明した。
YMGの前例のない圧倒的な支配に続く、この週末での2番目に素晴らしい物語は、ボブ・メーアとオランダ人/日本人のコネクションだろう。
Victor van den Broekと他のオランダ人のプレイヤーたちが、プロツアーの前の晩の午前1時に、メーアに接触して、賞金の何パーセントかと引き替えに、彼らのデッキを提供することを申し出たのだ。メーアは試してみることにした。そしてすぐに、彼らの非常に変わった《縫合グール/Sutured Ghoul(JU)》リアニメート戦術に強い印象を受けた。彼は朝の4時あたりまでとどまってデッキをテストして、最終的にはそれをプレイすることに習熟した。ほとんど練習してなかったにもかかわらず、メーアはデッキデザイナーたちをしのぐ成績で、このシーズンで2回目のプロツアートップ8入りを果たし、プレイヤー・オブ・ザ・イヤーレースでのいいポジションを得た。
このデッキを最初にデザインしたのは、どうやら藤田剛史だったらしい。彼はこのプロツアーには来てなかったが、アイデアをカミエル・コルネリーセンに電子メールで送った。コルネリーセンと彼のオランダ人のチームメイトたちは、それからこのコンセプトに取り組んで、このトーナメントでもっとも成功したオリジナルのデッキを出現させた。
私は、このプロツアーは成功だったと言いたい。なぜなら、オリジナリティには確かに不足してなかったからだ。そこにはさらに、《うつろう爆発/Erratic Explosion(ON)》/《ドラコ/Draco(PS)》デッキさえいた。
ジョン・ラーキン(John Larkin)は、カイ・ブッディの現在のプレイテストチームでもっとも成功したメンバーだった。彼はトップ4入りした。バベロウスキ(Baberowski)がそれに続いてトップ24。フェニックス財団のチームメイト(カイのこと)をプレイヤー・オブ・ザ・イヤーレースでリードすることになった。
カイ自身は、二日目に進み損ねたが、これはここ10億年ほどはなかったことだ。彼は(1日目の)スイス最終ラウンドでベン・ルービンと当たった。そこでルービンは、二人ともが2日目に残れるインテンショナル・ドローを拒否した。その代わりに、ルービンはブッディを倒し、最終的に42位になった。誰にでも、プロツアーで良くない日というのはあるものだ。カイでさえ。
トーナメントのまさしく第1ラウンドのペアリングで、ゲームにおけるトップの2人のレジェンド、ブッディとフィンケルが激突した。ブッディはこの試合には勝ったけれども、フィンケルはその後の全マッチに勝って、一日目は6−1を記録した。フィンケルは昨シーズンのプロツアーで、賞金を得てなかった。このプロツアーのための資格も辛うじて得ていた状態だった。しかし彼はカムバックしているように見える。彼の2日目はそこまで目覚ましいものではなかったが、それでもトップ64入りした。彼はカムバックして、ブッディの優越を脅かすことができたのだろうか? 我々は2,3ヶ月あとのプロツアー・シカゴでそれを知る事ができるだろう。
このプロツアーで戻ってきたもう一人の旧派のプレイヤーが、カイル・ローズだった。いくつかのイベントをさぼった後で、ローズは戻ってきて、9位になった。
インビテーショナル優勝者のジェンス・ソーレンはプロツアーでは不十分な成績だったが、マスターズの優勝でそれを補う以上のことをした。ラファエル・レヴィとエリック・フロイリッヒがそれぞれトップ4ラウンドで敗れたあとで決勝が行われた。そして彼はそこで、ゲリー・ワイズを倒した。
(賞金の)30,000ドルは、確かに(ジェンスのチームメイトの)ワラミーズのチケット代を支払う助けになるだろう。しかし、この才能あるデッキデザイナー(※ワラミーズのこと)は、プロツアーの資格を再び得るという難行に取り組まねばならない。今や1年前となったプロツアー・ニューオリンズの後で、それほど多くのポイントが彼のレーティングから落ちてしまった。そのためワラミーズは、マスターズに出場資格があったのに、次のプロツアーの出場資格はないという奇妙な状態になってしまった。彼は(次のプロツアーの出場資格の与えられる)トップ32を逃したので、今やPTQに目を向けるか、あるいはレーティングで招待されることを希望せねばならなくなった。
最後に、たぶん今週末のもっとも悲しむべき物語、マット・ヴィエノー(Matt Vienneau)について。マットは、このトーナメントについて、彼のDCIレーティングによって出場資格を得ていた。しかし、このことをどうやら理解してなかったらしく、出場しなかった。我々の残りは、彼がヒューストンにいないことを理解していた。パット・チャピンは木曜の夜に彼に電話したが、ただ留守番電話が答えただけだった。望むらくは、マットが次のプロツアーで我々に合流することを。
YMGは、彼らがこのプロツアーで稼いだ莫大な賞金(合計80,000ドル以上!)よりも、さらに祝うべきことがあった。ロブ・ドーティーと彼の妻、クリスタは、このプロツアーの少し前に、男の子のライアン(Ryan)を授かった。同じく、チャド・エリスと彼の婚約者は、プロツアーの週末に結婚したのだ! この話を形を変えて語るよりは、ちょうどこの記事を書き上げたときに受け取った電子メールを直接引用することにしたい。
「アレックス、私はこれが遅すぎないことを望んでいます・・・。けれども、先週のプロツアーでYMGが君臨した裏側で、ちょっとした物語があるのです。
このプロツアーの週末は、私が結婚した週末でもあったのです!
数ヶ月前、私たちが結婚式の日程を検討していたときに、ロブがウィザーズ・オブ・ザ・コーストの彼のコネに電話して、ヒューストンがいつ開催される予定か聞き出して、私たちのYMGの友人たちが出席できるように、プロツアーとは違う日に私たちの挙式の日を決めたのです。
不幸にも、フットボールの試合とぶつかったことで、WotCはプロツアーを「私たちの」週末へ移してしまったので、私たちは何もかもすべてをやるのは不可能になってしまったのです。
(そこで)私たちは、その週末より前、プレ・ウェディングとしてYMGがモントリオールに集まることにしました。ロブ(妻のクリスタと赤ん坊のライアンも一緒でした)、ダーウィン、ダニーとトニー・ベイヤーがカナダまで車でやってきて、私たち5人と、典型的な独身さよならパーティを開きました。(つまり、私たちはすべての時間を使ってドラフトをして、エクステンデッドをプレイしました)
彼らはまた、私に結婚を祝うプレゼントとして、ドラフトからのすべてのレアカードを渡してくれました。またロブは数百枚のトークンをおまけに付けてくれたので、私はそれをヨーロッパ人とトレードしました。
それを因果応報と呼びます。しかし、週末の練習を諦めることは、うまくいったように思われます・・・それとも、練習したことになるのでしょうか?
ロブとダーウィンには、確かに驚くほど素晴らしいプロツアーとなりました。ですが、結局はジャスティン・ゲーリーが全体での勝利者となりました。
いずれにしても、今や彼ら3人全員が、私のためによりよい結婚プレゼントを買うことができるようになったのです!
草々
チャド
P.S. 本当のYMGスタイルだったので、私たちの結婚式は、まさしく普通ではなかったのです・・・
私たちは中世のテーマにしました(ちぇっ、ロブとクリスタがすでにスタートレックを取ってしまったんですよ)。120人以上の招待客も、中世の衣装でした。
残念ながら、私はまだそれほど多くの写真を持ってないのですが、ここに一枚あります・・・」(※http://www.wizards.com/global/images/sideboard_wir_20021115_picMain_en.jpgがその写真)
ここ、サイドボードからも、我々全員の心からの祝福を、ロブとチャドの二人に!
ここ数週間で、我々はマジックの戦略ウェブサイト間での競争が前例のないレベルに激化するのを目にした。このことは、戦略記事のトップライターたちがより大きな報酬を受けることを意味している。しかしまた、アマチュアの努力にも素晴らしい機会があることも意味しているのだ。
そのもっとも最近のものは、才能あるライターは、グランプリ・ニューオリンズに無料で行く機会があるのだ。
あなたがやらなくてはならないことは、Star Cityのライターコンテストで勝つことだけだ。
ヴィジョンズ、プロフェシー、トーメント、アポカリプス、オンスロートが、マジックのセットとカードの両方で名前を持っているもののすべてだ。
《Visions/未来視》はLegendsのカードで、《Prophecy》はHomelandsのカード。《責め苦/Torment》はストロングホールドのカードで、《黙示録/Apocalypse》はテンペストからのカード。《猛攻撃/Onslaught》はエクソダスのカード。
私にEメールで答えを送ってこないようにしてほしい。
正解は次回のこのコラムで。
ネイサン・ザモーラの報告。
「...私はその夜、翌日の州選手権でプレイするデッキを何にするか決めるために、友人宅に滞在していました。そして私は、《機知の戦い/Battle of Wits(OD)》デッキで行くことに決めました。
(州選手権で)私は手始めにスライを負かして1−0。それは不愉快だったのですが、しかし、その次にこれまでで最悪のものに遭遇したのです;「ミラーマッチ」に。つまり別の《機知の戦い》のプレイヤーと戦わねばならなかったのです。なんと楽しくて興奮することだったのでしょう。
私が最初に負けた後の2ゲーム目。彼は5ターン目に《機知の戦い》をプレイしました。私はカウンターしなかったので、彼はゲームに勝ったかのようでした。
私は肩をすくめて「問題ない」と言いました。そして私のターンになりました。私は何かをドローすることを願い、そして、それを引いたのです:《押収/Confiscate(7E)》を。
私はタップして、そして勝ち誇って、対戦相手の《機知の戦い》に《押収》をたたき付け、その結果観客たちまで大暴動状態になりました。
けれども、「本当に」おかしなことは、その前の晩に、私はミラーマッチで《戦い》を《押収》するとどんな風になるかということについて冗談を言っていたということです」
GPフィラデルフィアの、フィーチャーマッチ記事、ゲーリー・ワイズ対パトリック・サリバンの、トップ8をかけたプレイングより:
「いずれにしても、ゲーリーは次に何をするべきかについて考えた。もし彼が《Jareth, Leonine Titan/獅子面のタイタン、ジャレス(ON)》だけで攻撃した場合は、パトリックがワイズの現在のライフに等しいダメージを次のターンでたたき出すためのトリックカードを持ってる(そして自分が負けてしまう)かもしれない。もし彼が《Tephraderm/テフラダーム(ON)》も一緒にアタックした場合、サリバンは、(タイタンの攻撃だけで残り2ライフになってしまうから)、ブロックすることを強いられるだろうし、勝つために攻撃することも不可能になるだろう。
ゲリーは、結局、保守的にプレイすることに決めて、ジャレスだけで攻撃した。このことで、パトリックは《Dirge of Dread/戦慄の葬送歌(ON)》を使って(ブロッカーとして残っているテフラダームを排除して)、ちょうどゲリーのライフに等しい10点分の攻撃をできるようになった。あるいは、そうなったように見えた。
ゲリーは手札の土地をサイクリングして、そして《Shock/ショック》をドローした!
彼はゲームを終わらせるために、パトリックにショックを撃つことができたはずだった。
が、そうならなかった。ゲリーは重大な精神的な失敗を犯して、ショックを、残りライフが2点しかない対戦相手にではなく、攻撃クリーチャーの1体に撃ってしまった。
パトリックは《Inspirit/奮起(ON)》を使って、ショックを撃たれたクリーチャーを守り、そしてゲームに勝った」
(以下、いつもの締めくくりなので省略)
最後のフィーチャリング・マッチの原文はこちら。
ひさしぶりなので、直訳調に。まあこの記事は文章を味わうものじゃないのでこんなもんでしょう。