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ブライアン・キブラーの世界選手権レポート − 第1部

原文
The Brian Kibler World Championships Experience - Part 1
著者
Brian Kibler
訳者
タイ屋
投稿日
2002-10-07
更新
2003-06-29

僕はこの世界選手権での体験のレポートを、まだシドニーにいたころに書き始めた。僕は毎日、その日に起きたことを書いて発表しようとしていた。でも、最後のプレイテスト時間と睡眠時間の方が大事だったのでできなかった。

それで、その断片的な記事は、ベン・ルービンのラップトップコンピューターのどこかに残っているはずなんだけど、僕はもうアトランタに戻ってきている。一方、彼の家はサンフランシスコにあるので、それらのファイルにアクセスするのはちょっと無理みたいだ。

でも、たぶん良いことだなんだろうけど、このレポートはすべてが終わってからの一貫した視点から、世界選手権を全体として振り返って書くことができる。たぶん、一日一日その場その場で見ているよりは、その方がいいと思う。

それでは − 面倒なことはこれまでにして −「ブライアン・キブラーの2002年世界選手権での経験」

僕は、"Mini Colony - Final Days" を書き上げた数時間後に、シドニーへ向けてレーガン国際空港を出発した。僕の何事にも忠実なるマジック仲間であるベン・ルービンも一緒だった。

僕たちの旅程は、LAX(ロサンゼルス国際空港)へ、シカゴのオヘア空港を経由して行くってものだった。そこで、すでにボルティモアから飛んできていたフロイリッヒ(Eric Froehlichs)たちと合流した。

クロスカントリー(訳注:ここでは文字通りの「国を横断する」の意味だと思われる)のフライトだったけど、ほとんど緊張しなかった。長距離の飛行機の移動に慣れすぎて、10時間以下ならだいたい日常茶飯事って感じなんだ。

僕がみんなにそのすべてを激しくオススメしているエンダー・シリーズ※の、最後の2,3巻を読み終えてしまったという事実には言及するまでもない。

(※邦訳もあるので興味ある方はどうぞ。最初に短編だけ読んで、気に入らなかったら、読まなくていいでしょう。書誌情報はhttp://www.geocities.co.jp/Bookend-Kenji/3083/egame/egame.html

僕はステファン・ホーキングの宇宙論の本を手にとったけど、残念ながら、内容は、僕が前に読んでことのあることばかりだった。

僕たちはLAXで、エリック・フランツ(Eric Franz)に出くわした。なんでも、ルームメイトが到着するよりも早くシドニーに行って、ユースホステルに滞在するってことだった。−−こういうのが、アメリカ代表選手の輝かしい生活ってやつ?

なんにしても、LAからシドニーまでの非常に長いフライトだったけど、特大サイズで特に快適なアルパカの枕(それはいつも客室乗務員に「すごく柔らかそうですね」と言わせるし、事実その通りなんだ!)のおかげで、僕はほとんどの時間を寝て過ごすことに成功した。

そして僕らはついに、金曜日の早朝に、地球の裏側、オーストラリアに到着した。

空港で、今度は、名目上のベルギー人、ジャン・ドイス(Jan Doise)付きのオランダ人の一団※と出くわした。(※ウィーク・イン・レビューで言及されていたが、Doiseはオランダ人と一緒に調整していたからでしょう)

ベン・セック(Ben Seck)※ はすでに僕たちみんなの宿泊施設を手配していたし、僕たちをホテルまで連れていくために空港まで迎えに来てくれることにも同意してくれていた。そして、このみんな大好きなオーストラリアのツアーガイドが、すぐに僕たち全員が乗れるバスで現われた。

(※タン・ベンジャミン・セック、略してTBS。オーストラリアを代表するプレイヤーの一人。アジア系シドニー人。GPケープタウン優勝)

ひどい時差ボケになるのを避けるために、僕たちはその日の残りの時間をオランダ人たちとドラフトの練習をして過ごそうとした−− それは、僕たちにはあまり上手くはいかなかった。実際、ベン(訳注:ルービンじゃなくてTBSの方だと思う)を含めたコロニーのメンバーは、一回しか優勝できなかった。

僕は自分のデッキがだいたいは非常によいできだということは感じていた。それで、ドラフトで勝ちきることには失敗していても、自分がこのフォーマットを理解しているということにはかなりの自信を持っている。

僕が、オーストラリアという国、あるいは少なくともシドニー市に惚れ込んだのは、まさにこの最初の日のことだった。

みなさんの大部分は気づいている、そう僕は信じてるけど、僕はかつてレスラーだった。そして、何年か前に、その道を追求するために、競技マジックから時間をさいていた。

また多くの人たちが気づいている、そう僕は確信してるけど、レスリングは非常にはっきりと重量に応じてクラス分けがなされているから、とてもきついスポーツなんだ。

レスリングの「減量」に疎い人たちのために説明すると、僕は一度、水曜の午後の計量で189ポンド(約85kg)だった−−そして、トーナメントのための金曜の夕刻の計量では、172ポンド(約77kg)だったことがある。

当時の僕の減量食は、朝食にスペシャルK※を一皿分。昼食には七面鳥サンドウィッチひとつで、ディナーは卵(卵黄抜き)って構成だった −それが、僕が食べた全部だった。

(※http://www.specialk.com/ ケロッグのダイエット用シリアル)

僕がレスリングシーズンの間、諦めなくてはならなかった素晴らしい取引−−食べること−−を堪能できるということは、僕がマジックをプレイするために戻ってきたことの十分な説明になる。

僕がアルパカの毛布について絶賛したり大騒ぎしたって事実から理解できなかった場合のために説明しておこうか。僕は日々の生活で、肉体的な快適さというものに、とても大きな価値を見ている。それと、良い食事というのは確かにそのカテゴリーに入る−−そして、シドニーは食べるための場所だったんだ。

僕たちの到着した朝に、ベン・セックはみんなを近くのショッピングモールのフードコートに連れ出した。

今、もし合衆国にいるのなら、モールのフードコートといえば、普通はマクドナルドとかピザ屋とか中華のレストランとかサンドウィッチ店とか、そういう、かなり平凡なファーストフード店がほぼすべてで、多彩なバラエティに富んでいるってわけじゃないよね。

このモールではそうじゃなかった。タイからインドやマレーシアの食品まで、何でも食べることができた。あらゆる種類のヨーロッパとアメリカの料理ももちろんあった。

せめて、僕の近所(アトランタ)のフードコートだって寿司とカレーだけでもあるんだったら−−それだけで本当に幸せなんだけどなあ。

僕らは旅行でへとへとになっていたので、その夜はかなり早い時間に疲れきって寝てしまった。

僕は午後の間はきっちり昼寝をして、夜の町に行きたいと思っていた。でも、誰もがパーティーよりも睡眠の方が遙かに大事だと思っているようだった。それで僕は、土曜まで麻薬の注射を我慢することになった。

僕は土曜日の朝、午前4時に目を覚ました。14時間の時差からくる時差ボケがまだ残っていた。しょうがないから、しばらくの間、夜遊びの準備として、ホテルの周囲の通りをチェックしながらうろうろした。

僕は日の出を見るまで長時間※起きていて、それから他のみんなが起きてきた時に、結局ベッドに戻った。

(※真冬なので日の出は遅い。たぶん6時40分前後と思われる。以下参照。http://www.users.bigpond.com/ftfpro/sunindex.html# )

みんなが夕食を食べに行こうとするまで、僕は寝ていた。みんなにくっついていって、港のそばの素敵なレストランに到着した。オーストラリア料理についておもしろいことの一つは、2,3年前のインビテーショナルでクリス・ピキュラがレポートに書いていたように、車エビ(prawn)が目立つことだ。

僕がパスタと車エビ料理を注文したとする。合衆国でなら、皿に一杯のパスタとたぶん半ダースのエビ(shrimp)が出てくるだろう。でもシドニーでは、2つのヌードルと、バケツ一杯のシーフードが出てくるみたいだ。− 確かに、その違いに、不満があったわけじゃないけど。

夕食の後に、僕らはホテルに集まった。つい最近、学校のためにシドニーへと移ったニック・ウォン※を含む、ベン・セックの地元の友人たち何人かも一緒だった。

(※GP名古屋1優勝、シンガポールのプレイヤー。あひるは大事だが、ナレーションは岸田今日子ではないと思う)

僕らの新しい仲間、オランダ人のほとんどと一緒に、僕は近所のパブに出発。そしてそこでずいぶん話したり飲んだりした。僕らはダンス・フロアーで一杯やったけど、見たところではRight Said Fredの"I'm Too Sexy"※が、本当は「良い音楽」には分類されないという知らせは、まだオーストラリアに伝わっていなかったようだった。

(※どんな曲か聞いてないのでなんとも書けないが、わりと検索すればヒットするので、チェックしてみてもいいかも。歌詞を見る限り、確かにキブラーの言うことももっともに思えるけど)

オーストラリア人とオランダ人の大部分は、次の日にPTQがあるので、早めに切り上げようと考えた。でも、パブが閉まった後、僕はKamielとJelger※と近くのクラブへ行った。そしてそこで、もっといい音楽を発見するのに成功して、午前6時までそこにいた。まったく素晴らしい時間だった。

(※Kamiel Cornelissenと Jelger Wiegersmaのことと思われる)

374 名前: タイ屋 投稿日: 02/10/07 17:58 ID:???

モト記事
http://www.wizards.com/default.asp?x=sideboard/feature/20020904a
原文:
ブライアン・キブラー
翻訳:
タイ屋

今回は注釈を明らかにつけすぎ。まあそういう気分だったということで。久々に連続投稿規制くらった原因の一部だと思う。やりすぎはよくないね。

しかし、レスリングやってたとか、キブラー謎すぎる経歴だ。次回もさらなる謎経歴が明らかになる予定。お楽しみに。

当ページは、2ちゃんねる卓上ゲーム板「MTG Sideboard Online 日本語版」スレッドに投稿された記事を、426(braingeyser-lj@infoseek.jp)がまとめたものです。